東京地方裁判所八王子支部 平成7年(ワ)2796号 判決 1996年11月07日
原告
田島喜代恵
右訴訟代理人弁護士
梶山正三
同
釜井英法
同
樋渡俊一
同
佐竹俊之
同
平哲也
被告
日の出町
右代表者町長
青木國太郎
右訴訟代理人弁護士
江口正夫
同
木島昇一郎
主文
一 被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成七年六月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、別紙一記載のとおりの謝罪広告を被告発行の日の出町広報又は朝日新聞、毎日新聞及び読売新聞各多摩版に、同紙記載のとおりの条件で一回掲載せよ。
二 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成七年六月三〇日(後記本件発言の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告に対し、被告町議会における被告町長青木國太郎(以下「青木」という。)の発言により名誉を毀損され、また侮辱を受けたことにより精神的苦痛を被ったと主張して、国家賠償法一条、同法四条、民法七二三条に基づき、名誉回復処分としての謝罪広告の掲載及び慰藉料一〇〇万円の支払いを求めた事案である。
一 争いのない事実等(証拠を掲記した事実を除き、当事者間に争いがない。)
1 原告は、肩書地に居住する主婦であり、被告は、普通地方公共団体(地方自治法一条の二第一、二項)である。
2 東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合(以下「本件組合」という。)は、被告町内で、日の出町谷戸沢廃棄物広域処分場(以下「谷戸沢処分場」という。)を、設置運営し、さらに、(仮称)第二廃棄物処分場(以下「第二処分場」という。)の建設を計画している。
これに対し、原告は、右各処分場の周辺環境が破壊されることなどを理由として谷戸沢処分場に関する資料開示や第二処分場建設反対を求める住民運動に関与しており、その一環として、右資料開示等を求める仮処分(当庁平成六年(ヨ)第五九四号資料閲覧請求権保全仮処分命令申立事件、以下「別件仮処分事件」という。)を申し立てた外、谷戸沢処分場の使用差止、第二処分場の建設差止を求める訴え(当庁平成七年(ワ)第四六四号一般廃棄物処分場建設差止等請求事件)を提起するなどした(以下、原告が関与する住足運動を、「本件住民運動」ということもある。)。
3 被告の公務員である青木は、平成七年六月二九日、被告町議会平成七年第二回定例会の一般質問において、被告の公権力を行使するに当たり、同人の職務執行として(乙一)、被告町議会議員鈴木治(以下「鈴木」という。)の質問に対し、別紙二記載のとおりの発言(以下「本件発言」という。)をした。
二 争点及び当事者の主張
1 名誉毀損及び侮辱の成否
2 違法性阻却事由(青木の正当業務行為)の有無
3 謝罪広告掲載を命ずることの適否及び慰謝料額
(原告の主張)
1(一) 青木は、本件発言により、本件住民運動を反社会的な団体であるオウム真理教の活動に喩え、被告町民その他の通常人に対し、原告が人間の尊厳を顧みず社会秩序を破壊するおそれのある危険な人物であるかのようなイメージを植えつけ(「この方の、オウムのハルマゲドンではございませんが」と述べた部分)、さらに、原告の人格を全面的に否定するに等しい誹謗中傷をした(「極めて日の出町民らしくない行為であると率直に申し上げておきたいと思います」と述べた部分)。
しかも、青木は、原告の別件仮処分事件申立ての目的が第二処分場建設差止にあると決めつけ、右申立てが認容されたにもかかわらず、原告が、法律的根拠もなく、かつ、手段を選ばず、被告に対し不当な要求をしているかのような印象を与えた(「いわゆる公害防止協定、特に細目協定等で閲覧をする資格のない、閲覧謄写を請求する資格のない方であります」、「最終的な目標はほかにあります。第二処分場建設差し止めであります」、「何の被害もない、しかもそうした書類を取りかえてでも目的を果たそうとする行為」と述べた部分)。
(二) 本件発言は、町議会における町議会議員の一般質問に対する町長の答弁という極めて公共性の高い場所において、傍聴中の多数の日の出町民の面前で、その発言は議事録に記録され永久に保存されるにもかかわらずなされたものであるが、青木は、被告が人口約一万六〇〇〇人の小規模な地方公共団体であって同人の発言が町民に対し重大な影響を及ぼすことを認識しながら、一町民であり主婦にすぎない原告を名指しで、被告町民から孤立させ、本件住民運動を押さえつける意図をもって(又は重過失によりこれらのことを看過して)、本件発言をした。その結果、原告の社会的評価及び名誉感情が著しく害され、原告は、いわゆる村八分にも匹敵する程の被害を被った。
2 本件発言により原告が被った損害を回復するために、被告は、名誉回復処分として前記第一の二のとおりの謝罪広告を掲載し、かつ、原告に対し慰藉料一〇〇万円を支払うべきである。
(被告の主張)
1 次のとおり、青木には、本件発言をした際、原告を誹謗中傷する意図はなく、本件発言が原告に対する名誉毀損及び侮辱であるという事実は否認する。
(一) すなわち、「この方の、オウムのハルマゲドンではございませんが」と述べた部分については、青木は、鈴木の質問に対する回答として、別件仮処分事件における資料開示等の問題についての意見を述べたにすぎない。また、そもそも右部分の発言は、その直後になされた「最終目標」という言葉の比喩であり、原告が秩序破壊的な人物であるなどのイメージを植えつけるものとはいえない。
(二) 「極めて日の出町民らしくない行為であると率直に申し上げておきたいと思います」と述べた部分については、青木は、被告第二二自治会(以下「第二二自治会」という。)の住民である原告が、別件仮処分事件申立てに当たり、被告第三自治会(以下「第三自治会」という。)に関する資料を添付したことにつき、このことに言及しながら、原告には資料閲覧請求権がない旨の意見を述べたものにすぎない。
(三) 「いわゆる公害防止協定、特に細目協定等で閲覧をする資格のない、閲覧謄写を請求する資格のない方であります」、「最終的な目標はほかにあります。第二処分場建設差し止めであります」、「何の被害もない、しかもそうした書類を取りかえてでも目的を果たそうとする行為」と述べた部分についても、青木は、右(二)と同様の意見を表明したにすぎない。
2 本件発言の際、多くの町民が議会を傍聴していたこと、本件発言が被告町民に対し強い影響を及ぼし、青木が本件発言をするに当たり、原告を被告町民から孤立させ、本件住民運動を押えつける意図を有していたことはいずれも否認する。
本件発言の後、青木が、質問者をはじめとする町議会議員や傍聴人から、本件発言内容について非難されるなどの混乱は生じなかった。
3 本件発言のうち「何の被害もない、しかもそうした書類を取りかえてでも目的を果たそうとする行為」と述べた部分は、別件仮処分事件で問題となった原告の被告に対する資料閲覧請求権の有無に関し、青木が、町長として法的見解を表明したものであるから、正当業務行為に当たり、違法とはいえない。
第三 争点に対する判断
一 本件発言に至る経緯
前記争いのない事実等に証拠(甲一ないし九、一二、一三、一五の1、2、一六、乙一、三ないし八、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
1 原告は、昭和四二年ころ、豊かな自然を求めて、国立市から家族(夫の田島征三は画家である。以下「征三」という。)とともに被告に転入し、第二二自治会の住民となった。自宅近くの丘陵地帯には照葉樹などから成る森林があり、そこで山羊を放牧したり山菜を取るなどしていたが、昭和五七年から五九年にかけて、右地帯に、東京都下の八王子市外二五市及び瑞穂町から発生する一般廃棄物の最終処分場である谷戸沢処分場(総面積45.3ヘクタール)が建設され、ここで余暇を過ごすことなどができなくなったことに動揺を覚え、かつ、心を痛めていた。
2 被告と本件組合は、昭和五七年、谷戸沢処分場の建設に際し、その設置場所である第三自治会及び同処分場の覆土置き場がある第二二自治会と協議の上、右各自治体との間で、それぞれ、地域住民の健康と生活環境の保全を図ることなどを基本的事項とする公害防止協定を結び、これらに基づき、昭和五八年一二月一九日に第三自治会との間で、昭和五九年二月九日に第二二自治会との間でそれぞれ細目協定を締結した。
3 原告は、平成二年八月ころ、第二二自治会住民に対する説明会において、当時から町長であった青木から、同自治会地区(玉の内地区)において本件組合が第二処分場建設のための予備調査をする予定があることを聞き、再び広大な森林が消失することを恐れて、調査をすること自体に反対意見を表明した。しかし、青木が一〇〇か所に及ぶ候補地のひとつとして調査をするだけであるとの説明を繰返したため、同自治会は、右地区を調査対象とすることに同意した。
4 その後、関係住民に知らされないうちに、第二処分場の調査対象が右地区一か所のみに絞られ、青木と本件組合は、平成四年一月ころ、同地区において第二処分場の建設を推進する予定であることを明確にした。このころまでの間、青木は、各家庭を訪問し、右建設に同意するよう説得していたが、原告宅を訪れた際には、原告に対し、処分場建設後美術館を建築し征三の常設コーナーを作る予定があることを述べて、建設に反対しないでほしい旨説得するなどした。しかし、原告はこれに応じなかった。
5 第二二自治会は、同年三月、第二処分場建設に同意する旨の決議をした(反対派の住民は欠席していた。)。そして、同年五月、被告町議会の全員協議会において、議場に集った住民と町議会議員が揉み合いになるような混乱の中、被告が第二処分場を受け入れる旨の決議がなされたが、そのころ、谷戸沢処分場のシートが破損したとの新聞報道があったため、廃棄物処分場が周辺環境に悪影響を及ぼすのではないかという原告の不安が高まった。
6 同年六月、反対派の住民は、谷戸沢処分場の汚水漏れについて対策をとることと第二処分場建設の白紙撤回を求める陳情をし、多数の被告住民がこれに賛同したが、被告町議会は、正式に、第二処分場を受け入れる旨の決議をし、谷戸沢処分場からの汚水漏れはないとの安全宣言をした。
7 また、平成三年三月ころ、右汚水漏れに関し、テレビ放送(NHK)がなされたこともあって、第二処分場建設反対運動も広がりを見たが、青木は、反対派住民が谷戸沢処分場の調整池に有毒物を混入した旨の記載がある、差出人不詳の書簡が青木宛郵送されたことを公表し、これをコピーして町役場に積み重ねたりした外、被告町議会において、いずれも鈴木の質問に対し、平成四年一〇月一日、反対派住民がした調査結果を無視する旨、平成五年三月二九日、反対派住民が自ら依頼した調査以外の調査を信じないのは理解に苦しむ旨、平成六年一二月九日、廃棄物を二七市町でそれぞれ処理することとなったら、あちこちで反対運動が起きて蜂の巣をつついたようになる旨、同月二〇日、反対運動に生き甲斐を感じている人がいる旨、平成七年三月二七日、良識のない者が反対のための反対運動を展開している旨、それぞれ答弁した。また、青木は、平成六年の町長選挙の際、反対派住民には愛町心がない旨の意見を選挙カーで宣伝したこともあった。
8 右7の間である平成六年一一月二九日、原告外二名が債権者らとなって、被告と本件組合を債務者らとして、当庁に対し、別件仮処分事件を申し立てた。その際、右債権者らは、第二二自治会に関する細目協定と第三自治会に関する細目協定との間に実質的な相異があるとの認識なく、第三自治会に関する協定書を申立書に添付した(両協定の規定は類似しているが、両自治会の境界に分水嶺があって尾根を境として水系が異なり、谷戸沢処分場設置の影響は第二二自治会には及ばないため、同自治会に関する細目協定上、同自治会の報告事項に地下水の水質検査に関するデータは含まれていない。)。その後、審尋中に第二二自治会に関する細目協定と第三自治会に関する細目協定が疎明資料として提出された上、平成七年三月八日、右申立てが認容された。そこで、原告や本件原告代理人ら(別件仮処分事件において、債権者ら代理人を務めていた。)が、被告町役場内の町長室を訪問し、青木に対し直接、資料を開示するよう求めたが、青木は、事前に面会の約束がなかったことなどから、これに応じなかった。
9 青木は、平成七年六月二九日、被告町議会平成七年第二回定例会の一般質問において、町議会議員一七名外二〇名以上の出席者及び一〇名くらいの傍聴人の面前で、鈴木の質問に対し、右質問は、原告個人の行動や人柄について回答を求めるものではなかったにもかかわらず、本件発言をした。その際、傍聴人の一部がざわついたが、本件発言に対し、内容が不穏当である等の抗議などはなされなかった。
二 名誉毀損及び侮辱の成否について
前記一で認定したとおり、被告の町長である青木は、第二処分場建設計画を推進する立場から、当初は、これに反対する原告その他の住民を懐柔しようとするも効を奏せず、本件住民運動が広がりを見せたため、怪文書の類の書簡を公表したり、町議会等において一連の住民運動に対する非難ともいうべき発言を繰り返すようになり、別件仮処分事件などについても、一貫して争う姿勢を示し続け、その後、原告個人の行動や人柄について質問されたものではないにもかかわらず、本件住民運動において中心的役割を果たしてきた原告を名指しにして、本件発言をするに至った。
このような経緯に基づき、本件発言の内容及びその際の青木の意思並びにその結果について検討すると、青木は、被告の方針に合致しない本件住民運動において中心的役割を果たしてきた原告を誹謗中傷する意思をもって、別件仮処分事件申立ての目的を反社会的団体であるオウム真理教のハルマゲドンに喩えたり(本件発言の当時、オウム真理教が反社会的団体である旨の報道等がなされていたことは、公知の事実である。)、原告の一連の本件住民運動への関与が町民としてふさわしくなく、原告が被告に対し手段を選ばず不当な要求をしていると決めつけるなどの、社会的相当性を欠く内容の本件発言をし、その結果、原告の社会的評価が毀損され、名誉感情が害されたことが認められ、この認定に反する被告の主張は失当である。
したがって、本件発言に関し、青木の原告に対する名誉毀損及び侮辱が成立する。
三 違法性阻却事由の有無について
被告は、本件発言のうち「何の被害もない、しかもそうした書類を取りかえてでも目的を果たそうとする行為」と述べた部分は、第三自治会の公害防止協定上、同自治会の住民に資料等の閲覧請求権があり、第二二自治会の公害防止協定上、同自治会の住民には資料等の閲覧請求権がない旨の法的見解を表明したにすぎず、正当な業務行為であり、右発言は違法性を阻却する旨主張し、乙第九号証(青木の陳述書)中には、その旨述べる部分がある。
しかしながら、前記認定のとおり、第二二自治会の住民である原告は、別件仮処分事件において、第三自治会に関する細目協定と第二二自治会に関する細目協定との間に実質的な相違があるとの認識なく、第三自治会に関する協定書を申立書に添付したもので、その後の審尋中に結局、第三自治会及び第二二自治会に関する細目協定が裁判所に疎明資料として提出された上、裁判所は、債権者ら(原告を含む。)の資料等の閲覧を認める仮処分決定をしているのであり、右仮処分事件における審尋の経緯及び別件仮処分事件における債務者であった処分組合が所持保管する第三自治会に関する細目協定と第二二自治会に関する細目協定とが裁判所に疎明資料として提出されれば、その内容の相違は、容易かつ一見して明らかになる事項であったことを考慮すると、原告は、別件仮処分事件において裁判所の判断を誤らせる目的であえて第二二自治会の細目協定として第三自治会に関する細目協定を添付して疎明資料として提出したとは到底いえないし、別件仮処分事件において債務者であった被告の町長たる青木もその旨認識できたと認めるのが相当である。そうすると、青木の右発言は、単に被告の法的見解を表明したというにとどまらず、被告と法的見解を異にする立場にある原告に対し、虚偽の事実を述べて原告の名誉を侵害したもので、到底違法性が阻却される正当な業務行為とは評価できないというべきであり、被告の右主張は採用できない。
四 謝罪広告を命ずることの適否及び慰謝料額について
原告は、本件発言により原告が被った損害を回復するには、謝罪広告を命ずることが不可欠であり、かつ、慰藉料の支払いを要する旨主張する。
そこで検討するに、前記一及び二で認定したとおり、町長である青木が、町議会において傍聴人の面前で、一町民にすぎない原告を名指しにして、町民らしくないなどと決めつけるなどの誹謗中傷をしたことを考慮すると、本件発言により原告の社会的評価及び名誉感情が侵害された程度は小さくないといわなければならない。
しかしながら、青木の発言が被告町民に及ぼす影響力は、原告が主張するような強度のものとは認め難く、また、本件全証拠によるも、本件発言により、原告が秩序破壊的な反社会的人物であるとみなされ、被告町内において社会的に孤立を余儀なくされたと認めるに足りる証拠はないこと、その他本件に現われた一切の事情を勘案すると、本件発言により原告が被った損害の回復のために名誉回復処分として謝罪広告の掲載を命ずるまでの必要があるとはいい難く、前記青木の行為により原告が被った損害を回復するには、慰謝料の支払いをもってその精神的苦痛を慰藉することで足りると解する。そして、その慰藉料の額は、本件事案の性質、態様等に鑑み、金五〇万円をもって相当と認める。
第四 結語
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官豊永格 裁判官尾立美子 裁判官松田典浩)
別紙一、二<省略>